2013年2月5日火曜日

「教育の愚かな実用性」

愛は世界で最も現実的なものなのです。

愛すること、優しいこと、欲張らないこと、野心を持たないこと、人々に影響されずに自分自身で考えること―これらはみなとても現実的なことだし、現実的で幸せな社会をもたらすでしょう。

しかし、献身していなくて、愛していなくて、わずかな肩書きをつけてはいても、本から拾った情報の単なる調達者にすぎない先生は、君たちに、こういうことは現実的ではないと言うでしょう。なぜなら、本当に考えてみたことがないからです。

愛するとは現実的なことなのです。ひとりで立つことや、どんな問題をも自分で考え抜くことがまったくできない市民を生産する、このいわゆる教育の愚かな実用性よりも、はるかに実用的なのです。

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本当は生はとても美しく、その豊かさ、深さ、とてつもない美しさは、あらゆるものーー組織的な宗教、伝統、今の腐った社会に対して反逆し、人間として何が真実なのかを自分で見出すときにだけ、堪能できるでしょう。
模倣するのではなく、発見する。それが教育でしょう。

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ちょいと以前なら、説教くさいおっさんやな…とスルーしていたかもしれない。
今出会ったから、この人の言葉にリアリティが見えた。

教育は、権威や権力を欲しがる野心的な人たちが作った社会へ、
人を順応させるためにある。
その過程で疲弊しながら、感受性を麻痺させながら成長して、
模倣の生き方が生んだ不安と恐怖に怯えて生きるんだ。

正体の見えない不安を抱えて、それに無自覚な人が多いのは、
無理もないというか、当然のこと。
その恐怖でコントロールするために教育があるんだから。

気がついたというより、思い出したというほうがシックリくる。
高校一年の夏休み、すべて無意味に思えて学校を辞めた。
あの頃のほうが、今よりもっと気づいていたかもしれない。